新日本書紀-真実の古代史を求めて 新日本書紀-真実の古代史を求めて

論文「崇峻天皇の暗殺の否定と能除大師」

 『聖徳太子の復活』で崇峻天皇の暗殺を否定し、聖徳太子に後ろめたいことは無いと論述しましたが、それを展開して論文にし、関連する能除大師にも研究対象を広げました。

 合理的推論により、崇峻天皇の暗殺を否定すると共に能除大師に関する真実を発見したと考えています。


内容一部引用

はじめに

 崇峻天皇の治世は足かけ六年程と短く、日本書紀による在位各年の記述も詳しいものではないが、崇峻天皇暗殺という重大事件が記載されている。蘇我馬子が崇峻天皇を暗殺したとされるこの事件は、逆臣にして非道な蘇我氏を象徴するとされる。しかし、6世紀末に突如起こったこの事件には疑問点が多い。その前の妃と子女に関する記事も、他の史料と付き合わせると疑問点が生じる。従来、この疑問点は突き詰めて考えられることはなく、見過ごされてきたが、論理的に推論を加えて突き詰めると重大な結論が生じることを発見した。この論文はその発見をご報告すると共に、付随して導かれる羽黒山修験道開祖能除大師に関する知見をご報告したい。


 この論文は日本歴史学会に投稿し、不採用となったものです。

 講評は、

「全体として、自身に都合の良い憶説をつなげており、史料についても、都度自身の説に引き付けて解釈するばかりで、適切な研究史整理・史料解釈がなされているとは言い難い。 能除大師はじめ出羽三山関連の伝承・縁起などについても、ホームページや一般書の記述によるばかりで、学術的な考察の前提が整えられていない。また、信仰の山々の在り方についても、適切に理解しているようには見受けられない。」というものでした。

 私は、日本書紀について合理的根拠に基づく客観的解釈を行ったと考えており、不当だと考えています。また、ホームページや一般書の記述による知識を前提として、その上にメタ思考を加えて考察する研究方法も有り得ると考えています。

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「崇峻天皇の暗殺の否定と能除大師」

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