オンデマンド版 新日本書紀Ⅱ
紀年と崩年干支
地球星系社刊
初版 2019年3月18日発行
改訂一版 2019年6月10日発行
改訂二版 2021年1月21日発行
キンドル版もあります。
日本書紀の紀年の謎を解明して、紀年問題と倭の五王問題の正答を示した歴史書登場!
[!]古事記の崩年干支は日本書紀の紀年解読の鍵だった。
[!]倭の五王は仁徳、反正、允恭、安康、雄略天皇で間違いなかった。
[!]原日本書紀復元の礎となる原在位期間を指し示す。
●欠史八代の天皇の非実在説を立証し、欠史八代の天皇を除いた初代神武天皇と十代崇神天皇が同一人物であることを明らかにしました。
●崇神=神武天皇が西暦301年の辛酉の年に即位したことを明らかにしました。
●倭の五王の比定を行い、音と系譜から、讃王が仁徳天皇、珍王が反正天皇、済王が允恭天皇、興王が安康天皇、武王が雄略天皇であることを証明しました。
●日本書紀の各天皇の在位期間の修正には、「崩年干支の西暦年」と「天皇の遣使記録」が重要なことを示した上で、各天皇の真実の在位期間を明らかにしました。
●目次
図版目次
全巻目次
第一部 訂正と補遺
第二部 紀年論
序章 紀年の迷宮
第一章 記紀の動機と成立過程
一 記紀の基本的特徴
二 日本書紀の成り立ち
三 古事記偽作説
四 日本書紀と古事記の関係
五 帝紀・旧辞
六 風土記
七 原資料の行方
第二章 紀年論の歴史
一 日本書紀の紀年
二 紀年論問題の歴史
第三章 欠史八代と崇神=神武
一 欠史八代
二 崇神=神武
第四章 神功皇后は卑弥呼か
一 神功紀の問題
二 神功紀と三国史記
第五章 倭の五王と崩年干支
一 五王の記録
413年の遣使/421年の遣使/479年と502年の記録
二 五王の比定論三 武
477年の記録/502年の格下げ/479年の遣使と梁職貢図
四 興五 済
六 珍
七 讃
八 崩年干支の西暦年
第六章 在位期間の復元
一 在位期間の修正
二 推定在位期間
三 新天皇紀の構成
倭の五王年表
参考文献
内容一部引用
479年に倭国の遣使が無かったにもかかわらず、「諸蕃職貢図巻」倭国の題記の末尾に、南斉の建元の時に表(外交文書)を持ってきたという一文がある理由を説明しよう。
梁職貢図ではあるが、斉と梁の宗室は同じ蕭氏なので、作者蕭繹は、斉が好意を見せたにもかかわらず、斉と梁を通じて、倭国からの遣使が無かったことを残念に思うと共に恨みに思った。そのため、「その図の倭国の使者は裸足で辛うじて肌を覆う程度の粗末な服をまとい、「梁職貢図」に描かれた他国の使者に比べて著しく劣る風采である。」(『梁職貢図と東部ユーラシア世界』「まえがき」)ように描いた。
そして、後世の人が、遣使が無ければ、職貢図に倭国のことを書けないはずだと考えて、職貢図の題記に、建元の斉建国の際に倭国が遣使したと追記した。
とは言え、倭国は斉による冊封と叙爵に対して、何もしなかった訳ではなかった。